本丸御殿

蔵造りの街並みから程よく離れたこのゾーンは、川越城の史跡を筆頭に、実は見どころ目白押しの場所。

 まずは嘉永元年(1848年)の昔からその堂々たる姿を今に残す本丸御殿。

立派な大玄関を入ると左右に長い廊下が延び、風格漂う大広間が出迎えてくれます。

中には役人の詰所や興味深い資料も展示してあり、天気の良い日には縁側に座り当時の大名の生活に想いを馳せるのも良いかも。

img006

ちなみに余談ですが、映画「ウォーターボーイズ」で一躍有名になった男子シンクロ水泳の県立川越高校は、ここの裏手。文化祭は大賑いです。

本丸御殿のすぐ向いで、鬱蒼とした木立ちに囲まれているのが、三芳野神社。童唄「とおりゃんせ」発祥の地として知られています。
品格のある社殿の周りには公園もあり今でも子供たちの遊ぶ姿がみられます。
春には桜並木の下、ちょっとひと休みされてはいかがですか。
近くを流れる新河岸川の桜並木もまた格別です。

通りを挟むと市立博物館、美術館があります。いずれも新しい施設ですので随所に見る者を飽きさせない工夫があり、様々な展示物を通して小江戸川越の歴史・文化に触れられます。

また少し足を伸ばせば川越の総鎮守・氷川神社にも参拝できます。

運がよければ、白無垢の花嫁さんを見かけることができるかも。


毎年10月に行われる小江戸最大のイベント:川越まつりは、実はこの氷川神社の例大祭です。 祭囃子が至るところに聴こえるなか、絢爛豪華な山車が情緒あふれる町並みを往く姿は必見!!秋の夜長の2日間、小江戸川越は最高に盛り上がります。

dsc03351_3 img007

川越城(かわごえじょう)は、埼玉県川越市にある城跡。
江戸時代には川越藩の藩庁が置かれた。
別名、初雁城、霧隠城。
関東七名城・日本100名城。
通常、川越城の名称を表記する場合、中世については河越城、近世以降は川越城と表記されることが多い。


初雁城: 城内の三芳野神社に「初雁の杉」があった。
毎年同じ時期に北から初雁が飛来し杉の真上で三声鳴き三度回って南に飛び去った、という故事による。
霧隠城: 城内に「霧吹きの井戸」という井戸があり、普段は蓋をしておくが危急の際は蓋を開くと霧が城を隠した、という伝承による。
井戸は現存し、移築され市立博物館の前庭にある。

本丸御殿は、1848年(嘉永元年)、松平斉典の17万石時代に建てられた入母屋造りで、豪壮な大唐破風と霧除けのついた間口19間・奥行5間の大玄関・車寄せをもつ。

36畳の大広間は、板間で玄関と区切られ、さおべり天井で奥行3間の座敷には9尺の廊下が四方を囲っている。
建坪は165坪である。

明治に入ると廃城令で多くの建物は解体され、現在残る建物は玄関・大広間部分と家老詰所のみとなっているが、本丸御殿大広間は川越城の他には高知城にしか現存せず、全国的に見ても貴重な遺構である。

家老詰所については、解体後上福岡市(現:ふじみ野市)の民家に移築されていたのを再度移築したもの。

img008

川越城七不思議

初雁の杉 (上述)

霧吹きの井戸 (上述)

人身御供
城が築城された地は「七ッ釜」という湿地帯で太田道真、太田道灌父子は土塁が完成しない。
ある夜、沼の主・龍神が道真の夢枕に現れて「明朝、一番早く汝のもとに現れた者を人身御供(人柱)として我に差し出せば、築城は成就する」と告げる。
翌朝一番に現れたのは道真の娘・世禰姫(よね姫)であった。
実は娘も同じ夢を見たのだった。
姫は城の完成を祈り沼に身を投げて龍神に捧げ、城は完成した。

天神洗足の井水
道灌が水堀を造るため水源を探していたところ、老人が三芳野神社付近の井戸水で足を洗っていた。
この老人に案内され道灌は水源を発見できた。
道灌は、この老人こそ三芳野天神の化身である、と天神洗足の井水と名付け大事にした。

片葉の葦
浮島稲荷神社の一帯は湿地帯で「七ツ釜」と呼ばれていた。
城が敵に攻められ夜陰に乗じて城中から姫が乳母と逃げ七ツ釜までたどり着いたが、姫が足を踏み外し七ッ釜に落ちてしまった。
葦にすがって這い上がろうとしたところ葦の葉がちぎれ姫は葦の片葉を掴んだまま水底へ沈んだ。
この近辺の葦は、姫の恨みによってどれも片葉である

浮島稲荷神社に碑があり、七ツ釜の面影が残っている。
遊女川(よなかわ)の小石供養
芳野村の名主に、およねという美しい娘がいた。
城の小姓が城主の鷹狩のお供で村に来た折に一目惚れして、およねを嫁にした。
しかし武家に嫁いだことから身分違いで姑に苛められ、川に身を投げてしまった。
夫は毎日、川に行き「およねやー」と叫び続けた。
川底から「はーい」とおよねの返事があるので夫も川に吸い込まれるように身を投げた。

川に石を投じるとおよねの返事があるという。

城中蹄の音
城主・酒井重忠は不思議なことに毎夜、矢叫びや蹄の音に眠りが覚めてしまう。
易者が言うには城内のどこかにある戦の絵が災いしている、とのこと。
宝物庫を調べたところ堀川夜討の戦いを描いた一双の屏風があった。
この屏風を養寿院に寄進したところ、その夜から矢叫びや蹄の音が消えた、という。


   img010 img011

にほんブログ村 その他生活ブログ 世の中の真実・矛盾へ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 小さな幸せのある暮らしへ
このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>